2014年9月22日 (月)

登録抹消防止のための書き込み 最終章へ

登録抹消防止のための書き込みです

そろそろ持ち時間も限られてきたので、最後のかき揚げを行いと思います。

もう少ししたら、最終章をアップし始めますので、よろしくです。

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2014年3月27日 (木)

はじめに

はじめまして。SRと申します。

このブログでは、私が2005年1月に骨髄移植を受けるまでの経過を、記録しています。
記録する期間は、2002年9月~2004年12月となります。

なお更新は不定期となりますので、ご了承下さい。

骨髄移植の記録につきましては、 http://spiritualworld.cocolog-nifty.com/blog/をご参照下さい。

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2013年3月 7日 (木)

7月下旬~8月

大阪成人病センターで移植受け入れをOKしてもらえたので、ひとまずほっとしました。

「7月27日」
地元でセカンドオピニオンを聞くために、K大には秘密で、高知市内にあるY内科クリニック(中央病院 血液内科の元部長さんとのことで おとずれた)を訪れました。
骨髄バンク経由の話をすると、当医院でもできるよ ということでした。
「7月29日」
K大学通院 T氏に関西の病院での報告を行う。
明らかにおもしろくない様子であり、バンク登録(バンクコーディネート)については、会議にかける必要があるとのこと。
これまでの経緯からそう簡単にはバンクコーディネートが進まないと判断され、
これ以上引き延ばされ妨害されてはたまらないので、転院を考えました。
「8月6日」 
Y内科クリニック訪問 バンクコーディネートについて打診したところ分かりましたとのこと。 骨髄バンク患者登録のためY内科クリニックに転院を決断。 翌日大阪成人病センターに転院通知のFAXを送付する。
「8月12日」 
K医大訪問し T医師に転院の旨伝えました。
T医師は終始無言でしたが、怒りで顔が歪んで震えていました。
これで移植に向けて道筋がついたのでやれやれと言うところでしたが、
あとでT医師からとんでもない報復を受けることになるとは・・・
このときは思いもよらなかったですねえ。

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2012年11月18日 (日)

登録抹消防止のための書き込み

登録抹消防止のための書き込みです

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2010年2月 7日 (日)

7月中旬

体調がやや回復したので家内に付き添ってもらい関西のO移植病院を訪問。

ありがたいことに移植手術受け入れ可能とのこと。

ただしバンクコーディネートは地元の主治医を通してやってもらいたい旨要請あり。

関東のT病院は、O移植病院が受け入れてくれたので結局訪問しなかった。

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2009年5月21日 (木)

7月初旬 体調不良&HLA検索

関西のO病院に行こうとするも体調悪く、病院の予約及び予約していた飛行機、宿泊をやむなくキャンセル

体調優れず、関西のO病院に的を絞り、関東T病院は訪問しないことにした。

そこで関東のT病院の紹介状を開封し、同封の自分のHLAデータから、骨髄バンクでのHLA適合ドナーのPC検索を行った。
その結果6座一致(フルマッチ)適合者が11人いることが分かった。
案外多かったので、一安心。

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2009年3月 2日 (月)

6月中旬~下旬 強硬手段

白血球低下&具合がひどく悪いのでしばらく減薬となる。
インターネットで調査中、セカンドオピニオンなるものを知り、紹介状を書いてもらうのは患者の権利であることを初めて知る。そこで・・・

診察の際、診察室のPCを使い、骨髄バンクの病院別移植データならびに移植成績の良い大阪の病院と東京の病院のHP(移植成績の詳細が載っている)をT医師に診せる。

(セカンドオピニオンとして訪問するので)O病院とT病院宛の紹介状を書くように強制。↓ ↓
T医師 紹介状作成

今だから正直に言いますが、
正直自分の命がかかっていますので
強引に・・・。

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2008年9月27日 (土)

6月初旬~ 焦り 苦悩 壁 出口

異母兄弟(私と母親の異なる弟と妹です)にお願いしてHLA検査を行う
↓ 
なんと3人とも全員6座一致(フルマッチ)

しかしながら、複雑な理由により長考の末、兄弟からの移植を断念する
↓ 
T医師に連絡

SR 骨髄バンク登録を依頼
↓ 
T医師 移植病院する病院で登録してもらって下さい

SR 県外の病院に聞きに行きたいので(2カ所)、紹介状を書いていただけないか?  

T医師 教授会の許可がいるとかなんとか・・・、返事がもらえず

SR 骨髄バンクでのHLA適合ドナーのPC検索を再度依頼

T医師 返事なし

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2008年9月15日 (月)

父の死

ここで話を少し以前にさかのぼります。

このブログでも書きましたが、
小生が小学生の時に両親が離婚して、それ以来父親とは音信不通だったのですが、2003年の暮れにひょんなことから父親が末期ガンでホスピスに入院していることを知りました。

それから何度か病院を訪れていたのですが、2004年5月初旬、私が医大病院から退院してきた後に、亡くなりました。

危篤の連絡を今の奥さんから受けたので、間際に病院を訪れました。そのとき初めて父親の今の家族全員と対面しました。
私には、母親違いの妹と弟がいたのです。よくよく考えれば、不思議ではないのですが、自分自身にいろいろあったので、そこまで気が回りませんでした。

しばらく父親の元に居た後、病院を後にしました。

その晩父は亡くなり、お通夜に行きました。

この一連の出来事は、自分の判断で母親には伏せておきました。

別れてから40年ぶりに会ったのが、死に目とは、なんとも感慨深いもので、

父には奥さんと二人の子供、大勢の孫がいたわけで、長い歳月が流れすぎたのを知りました。

そして一人っ子だった私に、いきなり二人も兄弟ができたのでした。

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2008年9月 9日 (火)

大学病院退院から~ 2004年5月1日~5月末日

1)5月の連休明け 会社に出社
 
2)
医大通院検査にて血小板低下。 倦怠感、疲労感極めて大。
↓ 
T医師:しばらく休薬するとのこと。T医師より再び移植の話あり。会社を休みましょうかとのことでしたので、傷病手当金は書いていただけるのでしょうか?とお聞きしますと、傷病手当金はもちろん書きますとのこと。

そこでSRは、休むことにしました。

3)
地元新聞第一面に骨髄移植の記事が掲載される 移植成功率は病院による格差が大きい(慢性骨髄性は特に病院格差が大きく20~88%;30症例以上) この記事によりSRは成功率(生存率)が単なる50%ではないことを知る。

4)そこで通院の際、主治医に質問
SR 移植成功率が高い病院 これに関する情報をおしえていただけないか? 
↓ 
T医師 かんがえておきます とのこと 

そのまま放置される

SR 再度お願い
↓ 
T医師 会議にかけ、許可をもらわないと情報は提供できない 

再度放置される。

5)自力調査
待っていても埒があかないので、自分で調べ始める。
新聞記事を元にインターネットで、骨髄移植、骨髄移植病院、移植方法、リスクなどを徹底的に調べる。また病院やバンク、ボランティアなどに電話で問い合わせをする。その結果、病院別移植成績データ、移植成功率の高い病院名を知ることができた。

新聞記事にあるように、確かにCML移植生存率は、病院によって20~90%の巾があった。さらに この数値は、移植実績が30症例以上の実績のある病院のデータであり、移植実績の少ない病院では、さらに生存率が低い傾向にあることも判明した。極端な話、第一号患者は、ほぼ死んでいるのではないかと判断された。

同時にグリベックに関する情報もネット、文献、問い合わせなどにより調べる。
当時はまだ国内での情報が不足していたので、海外の医学文献を主に調査した。

移植病院を調査しているうちに、現在通院中の医大病院は、2004年春に骨髄移植認定病院の認可を受けたばかりで、移植実績が0であることを知る

(認可を受けるには、それまでに血縁者間移植をいくらかは実施している必要があることは、ずいぶん後で知った。このときは、この大学病院では、移植は行った経験がないと判断した。)

この情報を見たときは、正直 背筋が凍り付いた。
第一号・・・
モルモット
人体実験
やば・・・
殺されるぞ・・・

などということが頭の中を渦巻いていた。

6)調査結果を基に、通院時、主治医に相談
SR 移植成功率の高い病院名を挙げ、それらの病院へのてがかりをつけてほしいとお願いする(家内も同伴)
↓ 
T医師 上にお伺いを立てないと即答できない・・・

その後 T医師 放置

SR 骨髄バンクでのHLA適合ドナーのPC検索を依頼

T医師 無視される

* 当時 民間のガン用健康食品(アガリクス、フコイダン、めしまこぶ、プロポリス等々)の話をしたら、グリベック投与の効果かどうか分からなくなるので、飲まないでくださいと強く言われた。はたして 医者が止める権利はあるのだろうか?

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