はじめに
はじめまして。SRと申します。
このブログでは、私が2005年1月に骨髄移植を受けるまでの経過を、記録しています。
記録する期間は、2002年9月~2004年12月となります。
なお更新は不定期となりますので、ご了承下さい。
骨髄移植の記録につきましては、 http://spiritualworld.cocolog-nifty.com/blog/をご参照下さい。
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関西のO病院に行こうとするも体調悪く、病院の予約及び予約していた飛行機、宿泊をやむなくキャンセル
体調優れず、関西のO病院に的を絞り、関東T病院は訪問しないことにした。
そこで関東のT病院の紹介状を開封し、同封の自分のHLAデータから、骨髄バンクでのHLA適合ドナーのPC検索を行った。
その結果6座一致(フルマッチ)適合者が11人いることが分かった。
案外多かったので、一安心。
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白血球低下&具合がひどく悪いのでしばらく減薬となる。
インターネットで調査中、セカンドオピニオンなるものを知り、紹介状を書いてもらうのは患者の権利であることを初めて知る。そこで・・・
診察の際、診察室のPCを使い、骨髄バンクの病院別移植データならびに移植成績の良い大阪の病院と東京の病院のHP(移植成績の詳細が載っている)をT医師に診せる。
↓
(セカンドオピニオンとして訪問するので)O病院とT病院宛の紹介状を書くように強制。↓ ↓
T医師 紹介状作成
今だから正直に言いますが、
正直自分の命がかかっていますので
強引に・・・。
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異母兄弟(私と母親の異なる弟と妹です)にお願いしてHLA検査を行う
↓
なんと3人とも全員6座一致(フルマッチ)
↓
しかしながら、複雑な理由により長考の末、兄弟からの移植を断念する
↓
T医師に連絡
↓
SR 骨髄バンク登録を依頼
↓
T医師 移植病院する病院で登録してもらって下さい
↓
SR 県外の病院に聞きに行きたいので(2カ所)、紹介状を書いていただけないか?
↓
T医師 教授会の許可がいるとかなんとか・・・、返事がもらえず
↓
SR 骨髄バンクでのHLA適合ドナーのPC検索を再度依頼
↓
T医師 返事なし
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ここで話を少し以前にさかのぼります。
このブログでも書きましたが、
小生が小学生の時に両親が離婚して、それ以来父親とは音信不通だったのですが、2003年の暮れにひょんなことから父親が末期ガンでホスピスに入院していることを知りました。
それから何度か病院を訪れていたのですが、2004年5月初旬、私が医大病院から退院してきた後に、亡くなりました。
危篤の連絡を今の奥さんから受けたので、間際に病院を訪れました。そのとき初めて父親の今の家族全員と対面しました。
私には、母親違いの妹と弟がいたのです。よくよく考えれば、不思議ではないのですが、自分自身にいろいろあったので、そこまで気が回りませんでした。
しばらく父親の元に居た後、病院を後にしました。
その晩父は亡くなり、お通夜に行きました。
この一連の出来事は、自分の判断で母親には伏せておきました。
別れてから40年ぶりに会ったのが、死に目とは、なんとも感慨深いもので、
父には奥さんと二人の子供、大勢の孫がいたわけで、長い歳月が流れすぎたのを知りました。
そして一人っ子だった私に、いきなり二人も兄弟ができたのでした。
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1)5月の連休明け 会社に出社
2)
医大通院検査にて血小板低下。 倦怠感、疲労感極めて大。
↓
T医師:しばらく休薬するとのこと。T医師より再び移植の話あり。会社を休みましょうかとのことでしたので、傷病手当金は書いていただけるのでしょうか?とお聞きしますと、傷病手当金はもちろん書きますとのこと。
↓
そこでSRは、休むことにしました。
3)
地元新聞第一面に骨髄移植の記事が掲載される 移植成功率は病院による格差が大きい(慢性骨髄性は特に病院格差が大きく20~88%;30症例以上) この記事によりSRは成功率(生存率)が単なる50%ではないことを知る。
4)そこで通院の際、主治医に質問
SR 移植成功率が高い病院 これに関する情報をおしえていただけないか?
↓
T医師 かんがえておきます とのこと
↓
そのまま放置される
SR 再度お願い
↓
T医師 会議にかけ、許可をもらわないと情報は提供できない
↓
再度放置される。
5)自力調査
待っていても埒があかないので、自分で調べ始める。
新聞記事を元にインターネットで、骨髄移植、骨髄移植病院、移植方法、リスクなどを徹底的に調べる。また病院やバンク、ボランティアなどに電話で問い合わせをする。その結果、病院別移植成績データ、移植成功率の高い病院名を知ることができた。
新聞記事にあるように、確かにCML移植生存率は、病院によって20~90%の巾があった。さらに この数値は、移植実績が30症例以上の実績のある病院のデータであり、移植実績の少ない病院では、さらに生存率が低い傾向にあることも判明した。極端な話、第一号患者は、ほぼ死んでいるのではないかと判断された。
同時にグリベックに関する情報もネット、文献、問い合わせなどにより調べる。
当時はまだ国内での情報が不足していたので、海外の医学文献を主に調査した。
移植病院を調査しているうちに、現在通院中の医大病院は、2004年春に骨髄移植認定病院の認可を受けたばかりで、移植実績が0であることを知る。
(認可を受けるには、それまでに血縁者間移植をいくらかは実施している必要があることは、ずいぶん後で知った。このときは、この大学病院では、移植は行った経験がないと判断した。)
この情報を見たときは、正直 背筋が凍り付いた。
第一号・・・
モルモット
人体実験
やば・・・
殺されるぞ・・・
などということが頭の中を渦巻いていた。
6)調査結果を基に、通院時、主治医に相談
SR 移植成功率の高い病院名を挙げ、それらの病院へのてがかりをつけてほしいとお願いする(家内も同伴)
↓
T医師 上にお伺いを立てないと即答できない・・・
↓
その後 T医師 放置
SR 骨髄バンクでのHLA適合ドナーのPC検索を依頼
↓
T医師 無視される
* 当時 民間のガン用健康食品(アガリクス、フコイダン、めしまこぶ、プロポリス等々)の話をしたら、グリベック投与の効果かどうか分からなくなるので、飲まないでくださいと強く言われた。はたして 医者が止める権利はあるのだろうか?
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4月16日転院入院
主なイベント
マルク検査二回、CML告知、グリベック服用
4月30日退院
白血病告知後のT医師発言(染色体検査結果判明の後)
T医師発言; Mさん是非移植しましょう。これしかたすかる方法はない。 はっきりいいます、成功率は50%です。 うそを言ってもしようがない。 50%は高い方ですよ。 もっと低い人もたくさんいるんだから。 是非ドナーを捜して早く移植をしましょう。
小生の返事 ; 私は一般社会から突然この病院にきました。世間では生存率50%は決して高くない。ちょっと考えさせてほしい。とりあえず薬で行きたい。
T医師; あっそう じゃあ あなたの言うように、くすりでいきましょうか。。。 きかなくなったときはおしまいってことで。 急性になると 一週間で死にますよ。
4月末退院(遺伝子学的完解?まで入院とのことだったが、血液学的に正常になった時点で退院となった。病気に関する知識があまりなさそう。)
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翌朝、病院の紹介状を携えてタクシーに乗り、大学病院に向かいました。
この大学病院は、若い頃 関節の手術で入院したことがあり、まんざら知らない病院ではありません。
以下は厚生労働省への提出書類からの抜粋です
T森病院にて心臓バイパス手術1年後のカテーテル検査入院(4月15日)。予備血液検査にて白血病発覚。カテーテル検査は中止し、翌朝K大学医学部付属病院に転送となる。4月16日K大学医学部 付属病院 第S内科;血液内科 入院。
到着後、入院手続きを終え、病棟へと向かいました。主治医はT医師、サブ主治医はええと名前を忘れてしまいました。
当日 早速マルク(胸骨からの骨髄液採取)を実施。 結果は10日後。
初めてのマルク体験でしたがサブ主治医の先生が結構うまかったのか、さして痛みはありませんでした。というか心臓の手術や検査でおおよその痛みには慣れていました。また心臓で二回ほど死の淵を経験しましたので、さほどの恐怖感もありません。
それはそうと長年人間をやっていると、色々な経験を持ちます。なんとなく初対面の人間でも直感で感じるものがあります。
その直感曰く 主治医T医師は警戒せよ。。。
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これからの記録は、
1.私が2007年1月に厚生労働省に提出した書類からの引用
2.当時を振り返っての回想
などからなります。
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ここから先、移植入院までは正直思い出したくない記憶です。
それは病気自体のためではなく、病気になったことによっていろいろな目にあったからです。
まあ結果として、そのお陰で命拾いしたってことも言えますので、誰を恨むというわけではありませんけど。
あれから4年近く経ちますので、そろそろ勇気を出してカミングアウトを始めます。
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